日本で働くことを目指す外国人の皆さんと、新しい仲間を迎え入れる企業の担当者にとって、「言葉の壁」をどう乗り越えるかは、日々の業務をスムーズに進めるための最大の課題です。
日本の社会や職場には「敬語(けいご)」という非常に複雑なルールがあります。しかし、最初から完璧な敬語をマスターする必要はありません。実は、もっとも大切で、かつ実戦で効果を発揮するのは、**「です」「ます」をベースとした「丁寧語(ていねいご)」**を正しく使いこなすことです。
1. なぜ「です」「ます」が仕事において最強のツールなのか

日本語学習者が教科書の最初のページで習うのが**「です」「ます」および「〜てください」**の形です。これは、日本社会で最も汎用性が高く、誰に対しても失礼にならない「標準的な丁寧表現」だからです。
① 習得のしやすさと定着率
多くの日本語学校やテキストは、この形から学習をスタートします。そのため、外国人従業員にとって最も馴染みがあり、記憶に定着している表現です。新しい環境で緊張しているときでも、使い慣れた「です」「ます」であれば、スムーズに言葉が出てきやすくなります。
② 誤解を防ぐシンプルさ
日本の敬語には「尊敬語(そんけいご)」や「謙譲語(けんじょうご)」があり、相手が上司か顧客か、あるいは自分の家族のことかによって、動詞の形が複雑に変化します。これは日本人でも間違えることがあるほど難解です。 外国人従業員が無理にこれらを使おうとすると、語尾が混乱して意味が通じなくなったり、逆に不自然な印象を与えてしまったりすることがあります。それよりも「です」「ます」で統一したほうが、意思疎通(コミュニケーション)の正確性は劇的に向上します。
③ 万能な「敬意」の表現
「です」「ます」は、聞き手に対する敬意を表す「対者敬語(たいしゃけいご)」と呼ばれます。相手が社長であっても、同僚であっても、この形を使っていれば「私はあなたを尊重しています」という気持ちを失礼なく伝えることができます。
2. 外国人従業員がまず覚えるべき「基本構造」
職場でコミュニケーションを始めるために、まずは以下の5つの基本形をしっかり使い分けられるようにしましょう。
- 名詞の形(Nです): 自分の名前や役割、状況を伝えます。
- 例:「私は マルシアです」「今は 休憩(きゅうけい)です」
- 動詞の形(Vます): 動作やこれからの予定、意志を伝えます。
- 例:「7時に 起きます」「今から コピーします」
- 質問の形(〜か?): 文末に「か」をつけ、語尾を上げるだけで質問になります。
- 例:「会議は 終わりましたか?」「手伝いますか?」
- 否定の形(〜ません / 〜じゃないです): できないことや、事実ではないことを伝えます。
- 例:「お酒は 飲みません」「私は 担当(たんとう)じゃないです」
- 過去の形(〜ました): 終わった仕事や過去の経験を報告します。
- 例:「メールを 送りました」「昨日は 休みました」
この5つをマスターするだけで、日本の職場の報告・連絡・相談(ホウレンソウ)の8割以上をカバーすることができます。
3. 企業側が意識すべき「やさしい日本語」としての丁寧語
外国人を雇用する企業の皆さんに知っておいていただきたいのは、彼らに対して「難しい敬語」を求めるのではなく、まず受け入れ側が「です」「ます」で正しく、分かりやすく伝える姿勢を持つことです。
これを「やさしい日本語」と呼びます。
難しい敬語を丁寧語に言い換える
社内の指示や会話から、尊敬語や謙譲語を一度取り除いてみてください。
- 「お掛けください」 → 「座ってください」
- 「どちらにお勤めですか?」 → 「どこの会社で働いていますか?」
- 「拝見します」 → 「見ます」
- 「少々お待ちいただけますでしょうか」 → 「少し 待ってください」
このように、文末を「です」「ます」「てください」に直すだけで、外国人従業員の理解度は劇的に高まります。
文末表現を「言い切る」
日本人は「〜だと思うのですが……」「〜かもしれませんね」といった曖昧(あいまい)な表現を好みます。しかし、日本語に不慣れな人にとっては、結局「Yes」なのか「No」なのかが分かりません。 「〜です」「〜ます」とはっきり言い切ることで、情報の切れ目が明確になり、聞き取りやすくなります。
4. 指示を徹底させる「ハサミの法則」
「です」「ます」を使うことに加えて、話し方そのものを工夫することも、現場の安全管理やミス防止に直結します。そこで活用していただきたいのが**「ハサミの法則」**です。
- は:はっきり言う。
- 小さな声やモゴモゴした話し方は避け、明瞭な発音で伝えます。
- さ:最後まで言う。
- 「明日は忙しいので……」と言いよどまず、「明日は 忙しいです。残業を してください」と最後まで言い切ります。
- み:短く言う。
- 一文にたくさんの情報を詰め込まず、短く区切ります。
【改善例】
- 長い文: 「明日は朝から大掃除をすることになっているので、いつもより10分早く、午前8時に事務所に集合するようにしてください。」
- ハサミの法則: 「明日は 掃除を します。午前8時に 事務所に 来てください。いつもより 10分 早いです。」
情報を細かく分けることで、従業員は「何をすべきか」を確実に理解できます。
5. プロフェッショナルな距離感としての「です」「ます」
現代の日本語において、デス・マス体は単なる上下関係の証明ではなく、**「相手との適切な社会的距離(プロフェッショナルな距離感)」**を保つ機能を持っています。
職場では一貫して「です」「ます」
親しくなってくると、つい「〜だよね」「〜じゃん」といった「普通体(タメ口)」を使いたくなるかもしれません。しかし、職場において一貫して「です」「ます」を使い続けることは、公私の区別をつけ、プロとして誠実に働いているという信頼感につながります。
外国人従業員にとっても、「あの人にはタメ口、この人には敬語」という使い分けは非常に混乱を招きます。職場全員が「です」「ます」で会話する文化を作ることは、多文化チームを安定させる強力な土台となります。
6. まとめ:言葉は「安心のパスポート」

「です」「ます」という言葉は、日本で働く外国人にとっての**「安心のパスポート」であり、受け入れる企業にとっても「ミスコミュニケーションを防ぐ盾」**です。
外国人の皆様へ
難しい敬語を完璧に話そうとしなくて大丈夫です。まずは「です」「ます」を、心を込めてはっきり使いましょう。それだけで、あなたは周囲の日本人から「丁寧で、誠実に仕事に向き合っている人だ」と認められます。その信頼が、あなたのキャリアを助けてくれるはずです。
企業担当者の皆様へ
従業員に「正しい敬語」を特訓させる前に、まずは社内の指示系統やマニュアルを「です」「ます」主体の分かりやすい日本語に整えてください。あなたが「やさしい日本語」で話しかけることが、彼らにとって何よりの教育になります。
お互いに「やさしい心」と、丁寧な「です」「ます」を交わし合うことが、お互いを尊重し合える多文化共生社会を実現するための第一歩となります。
次のステップ:実践トレーニング
今日から職場で、以下の3つの言い換えを試してみませんか?
- 「お疲れ様です」と言いながら、一礼(おじぎ)をする。
- 指示を出すとき、語尾を必ず「〜してください」で止める。
- 相手が理解したか不安なときは、「分かりましたか?」とはっきり聞く。
この小さな積み重ねが、職場の空気を見違えるほど明るく、スムーズにするでしょう。
