日本で生活し、職場の同僚や友人と食事をする際、避けて通れないのが「おはし(箸)」の使用です。
日本の食文化において、おはしは単なる「食べ物を口に運ぶための道具」ではありません。それは、料理を作ってくれた人や食材への感謝、そして一緒に食事をする相手への敬意(けいい)を表現する、とても重要な役割を担っています。
本記事では、日本での就労を目指す外国人の皆様と、彼らを支える企業の担当者が知っておくべき、おはしの正しい使い方と食事のマナーについて詳しく解説します。マナーを守って楽しく食事をすることは、日本のチームの一員として認められるための大きな一歩となります。
第1章:食事の始まりと終わりのあいさつ

おはしを手に取る前に、まずは日本の食事におけるもっとも大切な習慣を確認しましょう。日本では、言葉に出して「感謝」を伝えることが、食事の基本です。
1. 食べる前:「いただきます」
食事を始める前には、胸の前で軽く手を合わせ、「いただきます」と言います。
- 意味: これは、肉や魚、野菜など「食材となった命」をもらうことへの感謝と、料理を作ってくれた人、準備をしてくれた人への感謝を表す言葉です。
2. 食べた後:「ごちそうさまでした」
食事が終わったら、再び手を合わせて「ごちそうさまでした」と言って締めくくります。
- 意味: 「ごちそう(馳走)」には「走り回って食材を集め、もてなしてくれた」という意味があります。その労力(ろうりょく)に対して、「とてもおいしかったです、ありがとう」という気持ちを伝えます。
ポイント: これらのあいさつを笑顔でしっかり行うだけで、周囲の人に「この人は日本の文化を大切にし、感謝の心を持っている」という非常に良い印象を与えることができます。
第2章:おはしの基本ルールと「やってはいけないこと」
日本の食事には、おはしに関する「忌み箸(いみばし)」と呼ばれる、やってはいけないタブーがいくつかあります。これらは特に、日本の葬儀(お葬式)の儀式を連想させるため、食事の席では非常に嫌がられます。知らずにやってしまうと周りを驚かせてしまうので、しっかり覚えておきましょう。
1. 立て箸(たてばし)
内容: ご飯におはしを突き刺して、垂直に立てることです。
- なぜだめか: これは仏式の葬儀で、亡くなった方の枕元にお供えする「枕飯(まくらめし)」のやり方です。日常の食事で行うのは、死を連想させるため、絶対にしてはいけません。
2. 箸渡し(はしわたし)
内容: おはしからおはしへ、直接食べ物を受け渡すことです。
- なぜだめか: 日本のお葬式では、火葬(かそう)した後の遺骨を二人一組でおはしを使って拾い、骨壺(こつつぼ)に納める儀式があります。箸渡しはこの動作とそっくりなため、非常に縁起(えんぎ)が悪いとされています。
3. 刺し箸(さしばし)
内容: 食べ物におはしをブスッと突き刺して食べることです。
- なぜだめか: おはしは「挟む(はさむ)」のが正しい道具です。突き刺すのは、料理を作った人に対して「火が通っていない」と言っているように見えたり、行儀が悪い(マナーが悪い)とされたりします。里芋(さといも)などの滑りやすいものでも、できるだけ挟む努力をしましょう。
4. 指し箸(さしばし)
内容: おはしを持ったまま、人や物を指し示すことです。
- なぜだめか: そもそも日本だけでなく多くの国で、指で人を指すのは失礼なことですが、おはしという「道具」を使って人を指すのはさらに攻撃的で失礼なジェスチャーとなります。話に夢中になっても、おはしは置くようにしましょう。
第3章:飲食店での実践的な振る舞い
職場の同僚とランチに行ったり、居酒屋でお酒を飲んだりする際、スマートに振る舞うためのポイントです。
1. 注文の仕方
メニューを指差しながら、次のように言うのが基本です。
- 「(料理名)を ください」
- 「(料理名)に お願いします」 「これ」や「それ」と言うよりも、料理の名前を言う方が丁寧です。
2. おはしが必要か聞かれたら
コンビニや、おはしが卓上にない飲食店では、店員さんに確認されることがあります。
- 聞かれ方: 「こちら、おはしは つけますか?(必要ですか?)」
- 答え方:
- 必要なとき:「はい、お願いします」
- いらないとき:「いいえ、けっこうです」 または 「いりません」
3. 取り皿(とりざら)と取り箸(とりばし)
居酒屋などで、大きな皿に乗った料理をみんなで分けるとき、自分のおはし(直箸:じかばし)で直接取るのは、気にする人もいます。
- 取り箸がある場合: 専用の「取り箸」を使って、自分の小皿に移します。
- 取り箸がない場合: 「直箸で失礼します」と一言断るか、新しいおはしを一つ「取り箸」として使うのがスマートです。
第4章:企業担当者が外国人従業員に教えるべきポイント

企業の担当者が、おはしのマナーを外国人従業員に伝える際は、文化の否定(ひてい)にならないよう、理由を添えて「やさしい日本語」で伝えることが重要です。
1. 「ハサミの法則」で具体的に伝える
- は:はっきり言う。 (例:おはしを ご飯に 刺さないで ください。)
- さ:最後まで言う。 (例:お葬式(おそうしき)を 思い出すので、 悲しい 気持ちに なります。)
- み:短く言う。 (例:おはしは、 ここ(箸置き)に 置きます。)
2. 視覚情報を活用する
おはしの持ち方や「やってはいけないこと」は、言葉だけでは伝わりにくいものです。
- イラストや写真: 休憩スペースや食堂に、おはしのタブーをイラストで示したポスターを貼っておくと、無意識にマナーが身につきます。
- 実演(やってみせる): 一緒に食事に行き、上司や先輩が正しいおはしの使い方を「見本」として見せることが、もっとも効果的な教育になります。
第5章:おはしの持ち方に自信がないときは?
おはしを使うのがどうしても難しいという外国人の方もいます。その場合は、無理をして食事を楽しめなくなるよりも、工夫をすることが大切です。
1. 「おはしを練習中です」と伝える
完璧でなくても、「日本のマナーを学ぼうとしている」という姿勢(しせい)が伝われば、日本人は喜んで助けてくれます。
- 「おはしは 少し 難しいです。今、 練習して います」と言えば、周りの人も応援してくれます。
2. フォークやスプーンを頼む
どうしても使えないときは、我慢せずに店員さんに頼んでも失礼ではありません。
- 「すみません、フォーク(スプーン)を 貸してください」 無理をして食べ物をこぼしたり、おはしを刺したりするよりも、道具を変えてきれいに食べる方が、食事の席の礼儀(れいぎ)として優(すぐ)れている場合もあります。
第6章:まとめ――食事は「和」を深めるチャンス
おはしの使い方を正しく学ぶことは、単なる食事の技術ではありません。それは、日本のチームの一員として受け入れられ、信頼(しんらい)を築くための大切なステップです。
外国人の皆様へ
最初は難しいかもしれませんが、一膳のおはしを丁寧に扱う姿は、周りの日本人から「この人は細かいところまで気を配れる、信頼できる人だ」と思われるきっかけになります。失敗を恐れず、まずは「いただきます」のあいさつから始めてみてください。
企業担当者の皆様へ
従業員がマナーを間違えても、すぐに叱(しか)るのではなく、背景にある文化的な理由を説明してあげてください。「お葬式を連想するから」という理由を知れば、彼らも納得して気をつけてくれるはずです。
共においしく食事を楽しむ時間は、心の距離を縮め、より良い雇用関係と多文化共生社会を築いていくための最高の機会(きかい)です。
次のステップへの提案
おはしの使い方に慣れてきたら、次は日本の**「お酒の席でのマナー」**(お酌の仕方や乾杯のルールなど)について学んでみませんか?職場の親睦会(飲み会)がもっと楽しくなりますよ。
